前回は、新しい薬剤ということで安息香酸ソーダをご紹介しました。
この化合物は、皮膚に寄生した水虫菌が住み着いている皮膚角質層の中で、カルシウムやマグネシウムなどの金属イオンを枯渇させる(奪い取ってしまう)ことで水虫菌を殺すわけです。
砂漠の中では水がないために生物が生きていけないのですが、同じように、皮膚の中でもカルシウムやマグネシウムがないと菌も生きていけないのです。
この殺菌作用(抗菌作用)は、とても理想的な作用機序をもとにしていることになります。
それでは、この安息香酸ソーダと同じ抗菌作用機序を持つ化合物にはどのようなものがあるのでしょうか。
カルシウムを奪い取る化合物といえば、最も代表的なものはEDTA(エディタと呼称されます)ですね。
EDTAは、エチレンジアミン四酢酸という化合物の頭文字を取ったものであり、キレート化合物の代表選手です。
注、キレート化合物とは:カルシウムなどの金属イオンと結合する機能を持つ物質を指します。
ヨーロッパでは水道水中に多量のカルシウムイオンが含まれており、このカルシウムイオンが洗剤の効力を損なうので、EDTAの2ナトリウム塩(EDTA 2Na)を含む洗剤を用いてカルシウムを除去しています。
EDTA 2Na
EDTA 2Na はカルシウムと特異的に結合する性質を持っており、最強のキレート剤ですので、この化合物を含む液剤を水虫患部に塗ると患部のカルシウム、マグネシウム、亜鉛、鉄などが奪われて水虫菌が死滅し、水虫が治ります。
EDTA 2Na はヨーロッパで洗濯などに広く使われていますので、「この化合物は水虫を治す効果を持っていないのではないか」と、私は初めは考えていました。
水虫は手にもできますので、EDTA 2Na を含む洗剤を使っているのだから手の水虫が治るはずであり、誰かが当然気がついたはずだ、と思ったのです。
ところが実際に試してみると、EDTA含有液は水虫によく効きました。
ヨーロッパでは第1次世界大戦のときに塹壕をほってその中に身を隠して銃撃戦を行なったのですが、そのときに塹壕の中が水浸しになり、そして水虫が大流行したそうです。
ですからヨーロッパにも水虫はあるのですが、それでもEDTAの殺水虫効果は見逃されてしまった、ということになりますね。
EDTA塩の抗水虫効果は市販の水虫薬よりも優れています。
EDTA塩の難点を敢えて挙げれば、少し皮膚刺激性がある、ということくらいですね。
それと、EDTA塩は水虫菌のタネ(胞子)には作用しません。
EDTA塩は、理想の水虫薬ではないのです。